vol.1042 「売ることがこんなに難しいなんて」

vol.1042 「売ることがこんなに難しいなんて」 2010.07.09
 さざん亭徳山店 田中 孝英
 「皆さん、今年も鰻の季節になりました。たくさん売ってください。」
 石田店長の言葉によって始まった鰻の販売。私がいくつの予約をとることができるか試される時がきました。大手スーパー等が我先にと注文をとっていくため、勝負の鍵は何といっても予約時期の早さとより多くの人に声をかける積極性であると私は考えます。そこで私はありとあらゆる知人に声をかけました。
 中でも一番印象に残っているのは学生時代にお世話になった先生への販売です。その恩師である先生は、現在学長になっており、面会するのにも秘書を通さなければなりません。学長室の前に立つとなぜか足が震え、冷や汗がでてきました。そして部屋に入ると「おう、どうした?まだ卒業して3ヶ月なのに、もう相談か?」と迎えられました。
 緊張のあまり私は単刀直入に「せ、せ、せ、先生うなぎを買ってください!」と言いました。すると「入り口の前に突っ立って営業する奴がおるかバカタレ。君はどこかの訪問販売者か!」と言われました。「あっ、すみません。」と謝罪し自分のいる位置にようやく気づきました。そして椅子に座り「先生お願いがあるんですけど、土用丑の日の鰻を買ってもらえませんか?7月22日から26日の間であれば5個以上頼むと配達できます。」と声をかけました。すると「バカタレ。5個も食えるか。」と一蹴。
 そのとき自分自身の営業能力の無さにようやく気がつき、このまま交渉決裂かと思いきや、意外な一言が返ってきました。「まあ、3個くらいなら買おうかな。その代わり忙しいから届けに来てよ。時間帯は26日の18時くらいで代金は先に払っておくから。」そのとき、私は後先のことを考えず「ありがとうございます!」と交渉を成立させてしまいました。
 帰る途中に「そう言えば18時って店が忙しくなる時間だ。そんな時間に配達なんかできるはずが無い。」とふと思い、代金を返却しに行きました。時はすでに遅く、先生は会議で出かけられており、秘書の方に「すみません。鰻の販売をしたのですが自分の都合が合わず、予定の時間に配達できないため代金はお返しします。」と謝罪をしました。そして「商品を売ることがこんなに難しいことなのか…」と落ち込んでいると、突然粟本さんから「秘書の方がもう一度田中君と連絡が取りたいそうだから、すぐに電話してください!」との連絡がありました。
 電話をかけると先生の帰り道が、ちょうどさざん亭徳山店を通るので、帰りにうなぎを取りに来店するとのことでした。私はその時「自分の説明が不十分にもかかわらず商品を買っていただいた」という感謝の気持ちでいっぱいでした。
 その後、ある日のアイドルタイム中に、床のワックス取りをしていたとき、中村副長の「フジマは接客、調理、清掃、管理、営業とか幅広いことが身につくからやめられないんだな~。」という一言が『土用丑の日、鰻の販売』を通して一部ですがわかってきた気がします。